古都出身マラクニマンの刹那の日誌…客観的な観察と、時に暴走する情動が交錯する…呂蒙は云った「士、三日会わざれば刮目して見よ」…都落ち寸前、ラスト落ちサムライが今宵討ち入る…かもしれない。


by harapin56

授業してぇぇぇえッ( ̄□ ̄;)!!

講義聴いてるとものすっ・・・・・ごく自分が授業やりたくなるわ。。

「先生の説明分かりやすいわ…
あ、でも俺なら中高生相手やったらこういう例を挿むな…」

という感じでアイデアが溢れてくる。

先日、日本史の授業で明治維新の主だった流れを教えてもらった。
歴史的人物がある政策を行った場合は、
必ずその背景と狙いを説明してくれる先生で、
今まで受けた社会科の中でダントツに歴史を面白く感じさせてくれる人なのだが、
藩籍奉還から廃藩置県までの必然的な流れと狙いの説明が秀逸だった!

まず、年号を覚えていないとして、この2つの政策のどちらが先かわかるだろうか?
俺はわからんかった…。
でも、政策の中身を具体的に掴めていたら、年号知らなくても順番わかるんよな。
藩籍奉還とは『藩(土地)』と『籍(人民)』を中央政府に還すということだ。
各々が抱える土地と人民を失った大名達はどうなったか?
『知藩事』と名前を変えて自分のものではなくなった土地と人民を、政府から給料貰って監督することになった。
(だから、まだこの時は藩という名称は残っとるんね)
その2年後…廃藩置県。読んで字の如し。
藩を廃止して、代わりに県を置いた。
その時知藩事は…?
東京に集められて、「政府が給料やるから何もすんな」と囲われた…と。
知藩事はお役御免、代わりに中央政府から役人が派遣された。

このように、具体的に理解できていれば年号確かにいらんよね。
藩を廃止して、役人送っておいて、
あとから大名が知藩事として復帰なんておかしいもんね。
必然、藩籍奉還→廃藩置県の流れになる。

もう一つはこれをやった狙いだ。
江戸時代の旧体制は、将軍様ですら藩の決めごとに口出しはできない完全地方分権体制。
一方、明治政府が目指したのは180度逆の中央集権体制。
でも、振り返ればおよそ270年も人民は地方分権体制下にあったわけで、
従来の名残を残したまま、いきなる中央集権体制に移行できるわけがない。
そこで、名残を消し去り全く新しい状態に人民を放り込む必要があった。
よって上2つの政策なのである。

…めちゃくちゃ分かりやすかった。
でも、ここで俺の頭の中では、現代の中高生にも当てはまる身近な例探しが始まった。
それで出てきたのが『元カレ・元カノの思い出消去』だった。

「いぃか、足立(仮名)くん?お前に彼女ができたとするだろ?
お前はその彼女のことが好きで好きで堪らんのだよ。
でも、彼女は元カレのことを結構引きずっているわけだ。
時にはお前に隠れて元カレとのプリクラや元カレからプレゼントされた指輪を眺めている始末…。
お前はなんとかしてそんな彼女のハートを独占したい!!……どうするね???
うん、そやね…良いか悪いか、そんな権利はあるかないかは置いといて、
彼女の所有する元カレメモリーグッズを捨てたくなるよな…明治政府もそうやったんよ…」

ど…どうだろうか?
分かりやすくないだろうか??
あぁ…1回この授業やってみたい(´Д`)
(年頃の青少年を刺激するような卑猥な色恋話は止めて欲しいザマス!!
…てなPTAの苦情は受け付けませんww ←小6担当時に実際に言われた言葉)
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by harapin56 | 2011-12-06 10:39 | 日々雑感