古都出身マラクニマンの刹那の日誌…客観的な観察と、時に暴走する情動が交錯する…呂蒙は云った「士、三日会わざれば刮目して見よ」…都落ち寸前、ラスト落ちサムライが今宵討ち入る…かもしれない。


by harapin56

法治国家の限界。

奈良少女殺害事件の判決が出ました。
極刑でしたね。

ただ、犯人が極刑を志望し、全く反省の色なしの状況で極刑に果たして意味はあるのか…?
被害者家族の怒りはどこにぶつけたらいいのか…?
もの凄く複雑な心境になります。

犯人が死んだところで被害者が甦ることは当たり前のことながらない。
しかし、被害者家族からしたら殺したのだから死ね!という、もうそれしか道はない。
死という苦しみを与えるしかないのだろう。

が…今回のように死を望んだ犯人ならばどうなのだろう?
彼は欲望をすべて満たし望みどおり死ぬだけ。

そのふてぶてしい態度はいったい誰の心に安らぎを与えるのか?

もうそうなると人が起こしたのに、天災という…事故という感覚になるのか。。。

かといって、それ以外になにができるかというと何もない。
極刑は確かに極刑なのでしょう。

ただし、コレはあくまでも法律上での話。

法が悪いとは言いませぬ。
改善せぇとも言いませぬ。
なぜなら、結局は事後に適用される法は文字通り後手の対策であり、
結局いたちごっこというか、人の感情を含めたすべてを解決しえないからです。
先にも述べましたが、法に意味がないとは全く以て思いません。抑止力だってある。

しかし、起こることを前提とした法を改善するよりも、起こす可能性を孕んでいる人間を改善すべき…と思えてなりません。

教育は大事です。
法がしっかりしとりゃあ何とでもなるといった、国が法に頼りすぎることだけは避けてほしいと願います。
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by harapin56 | 2006-09-27 22:55 | 自己発信