古都出身マラクニマンの刹那の日誌…客観的な観察と、時に暴走する情動が交錯する…呂蒙は云った「士、三日会わざれば刮目して見よ」…都落ち寸前、ラスト落ちサムライが今宵討ち入る…かもしれない。


by harapin56

子どもと会話する時間。

さて、今回は子どもとの会話について徒然なるままに書き記しましょう。
(お母さん、お父さん方に読んでほしいと思って書いています。)
前々から薄々感じていたのですが、最近やたらと「自分の子どもとの会話を大事にしましょう!」的な話や記事を目にしませんか?
また、それが、特に低年齢層のお子さんをお持ちの保護者さんや、俗に問題行動を頻繁に起こす中高生のお子さんをお持ちの保護者さんに向けられている気がしてならないのですが、いかがでしょう?

「何がいけないの?当に大切なことじゃない!?」
と思われるかもしれませんが、ちょっ…と待ってください。。。

大切じゃないと言ってるわけじゃないのです。
でも、私はこの「子ども(ここでは被扶養者と定義します)との会話を増やせ」というのは甚だ『?』です。
というのも…子ども時代に会話をたくさんして、その子が大人になったらぱったり会話をしなくなった。。。なんてことをよく聞くからです。

これ…意味なくないですか?
もう一つ言うと、逆の方がよくないですか???

そう…大切なのは、その子が大人になった時に、その子をきちんと一人の人間として認識して会話ができること・・・ではないでしょうか?

こう言うと、
「そのために、子どもの時にたくさん会話をするんだ!!」
とお咎めを喰らうかもしれませんが、
本当に子ども時代にたくさん会話することが、大人になってからの会話に継続的に繫がりますか?それは必要充分条件ですか?

私はとてもじゃないですが信じられません。
だって、私、子ども時代に叱られてばかりいましたよ?
もちろん会話がなかったわけではありません。
でも、総合的に見れば圧倒的に叱責を喰らってた時間のほうが長かったです。
そんな私が今、父や母と一人の人間として受け入れられ、また私も受け入れ、対等にたくさんの話をしています。

だからこそ、私には単に子どもと会話する時間が多ければいいとは思えないのです。

気になったので、たまたま日本に帰ってきていた父に聞いてみました。
(うちの父は一年の半分は海外に居る、所謂、単身赴任というやつです)
父は、こう言いました。

子どもが何の教えも受けずきちんと人間として育つなんて考えていない。人間は生まれもってして人間じゃないんだ。教育を受けて人間になるんだ。始めは猿と同じだ。だから、お前を叱るということに関してはとても神経を遣ったよ。その代わり会話に気を遣ったことはなかったな。。子どものお前の言うことなんか、まともに信じちゃいなかったし、まともに取り合う気だってなかったし。でも、お前は将来きっと自分を愛し人に愛される人間になる、生まれてきてよかったと思えるし思われる人間になる…それは信じていたよ。子どもを信じるってことは、別に彼らの言動を信じるということではなく、可能性を信じることじゃないか?それだけでいいんじゃないか?子どもの時にわかってもらおうなんて思ってないし、それが重要なんじゃない。将来その子がその時の意味を理解し、それを誇りに思えることが重要なんだ。そう思えたその子は、だってもう立派な一人の人間じゃないか。こっちも人間、お前も人間。当然会話もまともにできるし、その時間も濃いものになるさ(笑)

あぁ…そうだな。と私は納得できました。
今の私がそうですから。

と、同時に…子どもとの会話でお悩みの皆さんは、深く考えすぎではないのかな?と思いました。
我が子の可能性だけを信じ、子どもである我が子に「お前は子どもなんだ」と毅然と在るがままに接する…
けっこう単純なところに正解はあるのではないかと思います。
[PR]
by harapin56 | 2007-09-20 02:39 | 自己発信