古都出身マラクニマンの刹那の日誌…客観的な観察と、時に暴走する情動が交錯する…呂蒙は云った「士、三日会わざれば刮目して見よ」…都落ち寸前、ラスト落ちサムライが今宵討ち入る…かもしれない。


by harapin56

コーティング。

教育コーティング中級を取得することが登壇資格に直結するということで、我が社では今、教育コーティング研修に駆け込む先生方であふれています。

事前課題というものがありまして、私も中級取得の際にはやったふりをしたもんです。
本日は、その相手役に指名されました。

10分でよかろうと思っていましたが、終わってみると実に35分も所用しておりました。

やってみて気付いたことが何点かございます。

まず、私はやはり
「(今現在会社が示している)コーティングなんぞ、糞食らえじゃ!」
と思っているということ。
次に、異論反論はあるにせよ、自分独自のコーティング(と、仮に呼べる代物ならば…)スタイルを持っているということです。

前項に関しては、もはや何遍も述べているとおり、
「ないものからは引き出せない」
というセンスに因ります。
次項に関しては、
私のコーティングスタイル=『喧嘩』
という定義に因ります。

とどのつまり、コーティングが引き出すというものであるならば、
その塊は心の奥底に存在することになります。
所謂、本音というものでなくてはならないでしょう。
本音を引き出したいのであれば、ガチンコで喧嘩をすればいいじゃないか!?
というのが持論です。
あーだこーだと言われれば、聞き流せるものとそうでないものが必ず出てきます。
それを口に出すかどうかは問題ではなく、
「なんか、それはムッときた」
という感覚があるはずです。
それこそが核となる部分なのではないでしょうか。

もちろん、相手を論破することが目的ではないのです。
だったら、ここは譲れない!といった感覚が起こったことだけでいいのではないでしょうか。

そこから、また掘り下げればよい…と思うのですが。
今の( ̄^ ̄)凸コーティングは何かしら機械的な匂いがします。
マニュアル化の匂いが消えんのです。
猿でもできるコーティング…。
こんなことがしたいのでしょうか?
まったく以てコミットできません。

これも何度も言っているのですが、コーティングの全てを否定したいのではありません。
必要なセンスは確かにあります。

しかし、みなコーティング病ともいうべきまやかしに染まりすぎています。

絶対に成績が上がる勉強法がないように、
絶対に人を伸ばす方法もありません。

だから、人生は悲しみや、悔しさに満ちており、また、楽しいのだと思います。
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by harapin56 | 2006-11-08 22:56 | DOWN↓系